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「にっぽん醤油蔵めぐり」刊行記念B&Bイベントレポート

高橋万太郎×城慶典×日野昌暢「なぜ九州の醤油は甘いのか?」

 『にっぽん醤油蔵めぐり』(東海教育研究所)の刊行記念イベントとして、2019年5月29日に下北沢の本屋「B&B」にて、トークイベント「なぜ九州の醤油は甘いのか?」を開催しました。

 ミツル醤油醸造元の城慶典さんにゲストとして登壇いただき、博報堂ケトルの日野昌暢さんに司会進行役をしていただきました。

 以下、イベントレポートをまとめていただいてので掲載します。

ライバルにも可愛がられる醤油屋・城慶典さん

 『日本醤油蔵めぐり』では、高橋さんがこれまで訪れた約400軒の醤油蔵の中から45軒が紹介されています。ゲストの城さんもその一人。

 昭和初期に創業された老舗醤油蔵の生まれですが、そのミツル醤油醸造元では、先代のお父さんの時代にはすでに自社醸造を停止。地元の醤油蔵が共同で立ち上げた「福岡県醤油醸造協同組合」で作られた醤油を買い上げて調合、販売、というスタイルをとっていました。

大学の長期休みに各地の醤油蔵で修業

 ですが、城さんは自社での醸造を復活させたいと、学生時代は各地の醤油蔵で修行を重ね、やがて実家に戻ってその夢を実現するに至ります。しかし修行とはいえ同業者が他の蔵に入ることについてはどうなのか。

 日野さんは「それってスパイ……?」と疑問を口にします。高橋さんも「醤油はその地域で作ってその地域で販売していたものですから、同業者はライバル関係にあり、本来ならよその蔵に入っていくのは失礼に当たります」と続けますが、城さん本人は「社会人だったら問題だけど、学生でしたから」と返答。

息子のように可愛がられている城さん

 事実、高橋さんが全国の醤油屋さんを訪問すると、各所で「各地の醤油屋さんを回ると、福岡の城さんって知ってる? とよく聞かれるんです」とのこと。まるで息子のように可愛がられている様子が伺えます。

 また、通常なら常に均一の商品を求められる醤油業界において、城さんは「自分の経験を積むため」として、味を変えていくという異例の取り組みにチャレンジしていることも紹介されました。

醤油の味には作り手の人柄が映し出される

 『日本醤油蔵めぐり』には、醤油の味は作り手の人柄が反映されるということが書かれています。高橋さんはその例として、香川県のヤマロク醤油さんと正金醤油さんを挙げます。「この二つの醤油蔵さんは、今日はヤマロクさん、今日は正金さんといったように、麹を作る設備を共用してるんです。だけど、同じ麹を使っているのに出来上がる醤油は正反対」。

 ヤマロク醤油の山本さんは、自ら桶作りに乗り出すほどで、「イケイケどんどんで醤油もそういう味」だそう。対して正金醤油の藤井さんは「控えめで謙虚な人。取材が来ても、うちなんて恥ずかしい、見せられないと断っちゃうんです。でも完成した醤油はとてつもなくいい商品で、お料理に使うと素材を抜群に引き立ててくれます」と高橋さん。

設備を守り続けることを決めた石孫本店

 謙虚という点では、昔ながらの設備や技法を続ける秋田の石孫本店さんの名も挙がりました。「ひと昔前はいろんな設備を入れて、効率よくたくさん醤油を作るのが良いこととされていました。そのため石孫さんは『お金がなくて設備を入れられなかった』と、恥ずかしがっていたんです。

 でもあるとき、取材に訪れた方が旧来の設備を見て『これこそ宝物ですよ』と言ってくれた。それ以来、その設備を残すことを大事にしようと方向転換したんです」

 そうして作られる醤油もまた、石孫本店さんにしか作れない味だと高橋さん。日野さんの「小さい蔵元のお酒が注目されたように、高橋さんの活動を通して醤油もそうなる流れが生まれそうですよね」という締めでイベントの前半は終了となりました。

回転寿司に持っていくべき醤油

約10分の休憩を挟んでの後半では、職人醤油の商品をそれぞれ何と組み合わせたらいいのか探るため、高橋さんがスタッフたちとともに回転寿司に10本ぐらい持ち込んで試してみたエピソードからスタート。その結果は別記事に詳細に書かれていますが、「店員さんにいいですか? と聞いたら、どうぞどうぞと小皿をたくさん持ってきてくれたので、お店的にも大丈夫」と高橋さん。

生粋の醤油マニア・片上醤油の片上裕之さん

 続いて、お客さんとして来場していた片上醤油(奈良県)の片上裕之さんも登壇。「話がすごく面白く、醤油の知識がマニアック」という高橋さんの紹介を裏付けるように、早速のマシンガントークがスタート。

 「醤油は乳酸菌と主発酵酵母と後熟酵母の三種類がバランスよく発酵することで美味しくなると言われてるんですが、うちのを調べたら後熟酵母がないと言われました(笑)。世話する人の人柄とか癖を写し取って桶が成長してしまうんですね」

 結果として、今の醤油は今しか作れない、とも話す片上さん。「味はブレます。ブレることで失敗作もできるけど、私の腕前ではできないような良いものが偶然できたりもする」と、前半で話題となった、城さんによる毎年味が変化する醤油を後押しするような発言も。

脱脂加工大豆を否定しない片上さん

 続けて現在主流となりつつも、否定的に扱われがちな脱脂加工大豆について、「それは認識が間違っている」と片上さんは力説。「脱脂加工大豆を批判される場合、あれは油かすだと言われますが、製品メーカーさんはきちんと品質が上るように醤油用に抽出条件を整えています。同じ技術で醤油を作るなら脱脂加工大豆の方が美味しいものができます」ときっぱり言い切る片上さん。

 とはいうものの、片上さんご本人が使っているのは丸大豆だそうです。パンフレットなどで醤油の原材料を示す際、本当は脱脂加工大豆を使っているのに丸大豆の写真を掲載しているケースがたまにあるらしく、そういう嘘はつきたくないから、というのがその理由。片上さんの真面目さを感じさせるエピソードでした。

なぜ九州の醤油は甘いのか? 解答編

 会場からは、イベントタイトルの「なぜ九州の醤油は甘いのか?」の解答を、との質問も。日野さんが福岡出身ゆえの命名だったそうですが、城さんは「九州の醤油が甘い理由について、福岡の重鎮的な方に聞いてもいつからと明確な答えはない」と衝撃発言。

 「九州が暖かいからカロリーが必要なのと、沖縄や鹿児島、種子島を経由して、江戸時代にオランダから砂糖が入ってきたのもあったのかも」と推理します。高橋さんからは「九州には焼酎の文化がありますよね。焼酎は蒸留酒で糖分が含まれていません。そこで糖分を含んだものを合わせて食べたいから、醤油が甘くなっていったのでは」との推測も。

 さらに高橋さんが九州の醤油屋さんから伺ったところ、甘くないと文句を言われる反面、甘すぎると言われることはないとのことで、「それでちょっとずつ甘くなっているんじゃないか」との発言に、福岡出身の城さんも共感されていました。

九州の醤油も否定しない片上さん

 片上さんは「九州の醤油については門外漢ですが」と前置きした上で「みたらし団子のタレぐらい甘い」との感想も。実は片上さんもお正月のお餅用に甘口醤油を作るそうですが、「三割甘味を増やさないと九州みたいな甘口醤油にならないんです。でも、甘味を増やすと嵩も増えるし醤油としてのパンチがなくなっちゃう。そこで今度は五年熟成の醤油なんかとブレンドしてます」と、苦労とを語ります。

 それに対して城さんは、「学生時代に色々な醤油屋さんを巡る中で、九州の醤油なんて醤油じゃない、と言われた事もありましたね。こんな頑張ってる若々しい人に(笑)」と修行時代を回想。「そんな中、ただ一人、片上さんだけは九州のブレンド技術をすごいと言ってくれたんです。僕は嬉しくて鳥肌が立つほどでした」と、改めて片上さんに感謝を述べられ、日野さんの「片上さんのイベントみたい(笑)」のコメントでイベントは幕を閉じました。