005|30石の木桶と、7年前のわたし。
山川醸造の新桶2号、30石桶ができました。
たくさん笑って、少し泣きながら、みなさんと一緒に造っていただいた木桶です。
明日、100年使い続けられるよう清祓いと安全祈願を行い、蔵に設置します。
小豆島のヤマロク醤油さんで毎年行われている「木桶サミット」。
初めて参加したのは7年前。当社の新桶一号を造っていただいた年でした。
職人醤油の万太郎さんと出会ったのも、その時です。

この一年ほど、万太郎さんに何度も聞かれてきました。
「どうしてそんなに、たまりや木桶を残したいと強く思えるの?」と。
そのたびに思いを話してきましたが、どこか腑に落ちない様子で。
どうしてだろう、とずっと考えていました。
小豆島からの帰り道、7年間のことを振り返っていて、ようやく気づきました。
7年前のわたしは胸の奥に不安を抱えていたこと。
きっと万太郎さんはそれに気が付いていたのではないかということ。
2019年の新桶製造は、私が入社して間もない頃に始まりました。
右も左もわからないまま、父について向かった小豆島で、企業の垣根を越えて、楽しく、協力をしながら桶を組み上げていく様子を目撃しました。その光景に、楽しくも圧倒されていたのを覚えています
「この人たちが造ってくれた木桶を、私は受け取っていいのだろうか。
100年使える桶を、わたしは守っていけるのだろうか。
100年後、山川醸造はあるのだろうか。」

サミットの最後には、いつも車座になって思いを語り合います。
もしあの年に私が話していたら、きっとこう言っていたと思います。
「ここで起きていることを、みなさんの思いを、たくさん伝える。それがわたしにできることだと思いました」
ありがたいことにこの7年間、SNSや蔵見学、学校や経営者の集まりなど、さまざまな場で話す機会をいただきました。最初は不安を抱えたまま。それでも何度も、木桶とたまりへの思いを言葉にしてきました。小豆島へ通うたび、先輩方からも多くを教えていただきました。同業でありながら、惜しみなく分けてくださる姿勢に、何度も救われました。
そうして続けるうちに、不安は少しずつ、自信に変わっていったのだと思います。
今回の桶造りで、20石より一回り大きい30石の側板を繋いで、桶の大きさを目にした瞬間。 想像以上に、いろんな思いが込み上げました。 まだ完成していないのに、言葉が出ませんでした。

7年前、父が決断してくれたから、わたしの今があります。
山本康夫さんが「木桶職人復活プロジェクト」でわたしたちを受け入れてくださったから、
あの場に参加することができました。
職人のみなさんが何度も蔵に足を運んでくださったから、たまりのための特注桶ができて。
同世代の仲間も一緒に桶を組んでくれました。
そして、この思いに共感してくださった方々が支えてくださいました。

木桶とたまりの文化を100年先に残すために。
私にできることは、ただ一つ。
美味しいたまりを、造り続けることです。
その価値を感じていただけるものづくりを求めて、これからもたまり造りを続けていきます。