母がネットで初めて買ったのが、醤油だった

職人醤油の創業ストーリー

2006年の正月、実家に帰省しながら考えていました。

2003年、新卒でキーエンスに入社しました。「石の上にも三年」という言葉にしたがって、3年は辞めない、でも、3年たったら考えようと決めていました。そして、3年がたとうとしていた2006年。自分でなにか商売をしたいとは思っていたものの、「何をしたいか」はまったく思い浮かびませんでした。

そんな時、目にしたスティーブ・ジョブズの卒業祝賀スピーチ「自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない」。これが最後の一押しでした。

2006年6月、キーエンスを退職して日本各地を貧乏旅行で見て回ることに。「伝統産業」というフィールドで何かしたい、そこまでは絞っていたので、宿場町だったり、ものづくりで有名な地域に行って、話を聞いたり、現場を見せていただいたりを繰り返していました。

すると、そこで出会った人たちが、業界業種を超えて共通のことを言っていることに気づきました。「自分たちは、つくっているものには自信がある。でも、売れないんだよね」と。理由を聞くと「大手や海外とコストで戦えないから」といいます。この辺りに自分の立ち位置がある気がしました。

300のリストから醤油を選んだ理由

3か月ほどの旅を終えて、そこで見たり聞いたりしたものをリストアップしていきました。日本酒、お茶、陶器、蝋燭、たわし、仏壇…などなど。300ほどになって、そこから絞り込んでいくことに。その絞り込む基準でしっくりきたのが、まず、

① 日本人の生活に欠かせない商品であること。
② そして、普段しっかり選んでいないもの。

つまり、無意識に近い状態というか、ルーティンでいつも同じものを買っているもの。日常生活に欠かせないものであれば、「これはちょっと違うんですよ!」と表現すれば、買ってくれる人がいるかな、という今思えば素朴な動機でした。

そのような基準で10個ほどに絞り込んでいったものの一つが醤油だったのですが、その時、ふと私が学生時代に母親がインターネットで初めて買ったものが醤油だったことを思い出しました。何かあるかもしれないなと。それで、近くの醤油蔵に電話をかけてみました。その日の午後に来ていいと言われ、大急ぎで醤油の基礎知識を詰め込んで飛び込みました。それから、数珠つなぎに関東の蔵を回り、気づけば30軒程になっていました。

醤油を売っている場所で衝撃を受ける

次は、醤油を売っている場所に行こうと都内の百貨店に行きました。壁一面に並ぶ醤油から、どれを選べばいいか?正直、まったく分かりませんでした。どの醤油も同じに見える。30軒回って醤油をある程度理解したはずの自分でもそうなのだから…、と思ったとき、小さくして気軽に試せるようにしたらよいのではというアイデアが浮かびました。

それが始まりでした。

蔵に小瓶を持参して「これに詰めてほしい」とお願いしてまわりました。「小さすぎやしないか」「ところで、どこで売るんだ?」「それが、まったく決まっていないんです」と、そんな会話の末に、8つの蔵が引き受けてくれました。それが2007年の秋くらいだったと思います。どこで売るかは、まだ何も決まっていませんでした。