初回訪問で、一番長く居座ってしまった蔵

「来てくれるのはいいけれど、うちは(取引は)やらないよ」

はじめての電話で、大久保醸造店の大久保文靖さんから、そう釘を刺されました。職人醤油の取り組みを始めたばかりの頃。『自遊人』という雑誌で大久保さんが丁寧に取り上げられているのを見て、どうしても伺いたくなり、電話をしたときの一幕です。

100mlの小瓶での販売をはじめた、そう伝えても、「うちはやらない」が大前提。それでも、勉強させてくださいと頼み込んで、訪問日の約束をいただきました。

果汁と、濃縮還元

伺ったのは朝一番、9時頃だったと思います。少し雑談をした後、こう問われました。

「絞りたてのオレンジ果汁100%ジュースと、濃縮還元100%のジュース。これ、何が違うと思う?」

ドキッとする質問。ここの答え次第で、この後の流れが決まってしまうような予感がして、うっすら汗をかきながら、頭をフル回転させていたのを覚えています。

大久保さんの答えはこうでした。

「オレンジジュースは『樹液』だよね。濃縮還元100%は、水で薄める工程が入っている。どっちが良い悪いではなくて、おれは『そのものズバリ』を食べたいし、飲みたいし、つくりたいと思っているんだよ」。

「そのものズバリ」という基準

「お父さん今日のご飯は何にします?」「任せるよ」。大久保ファミリーのいつものやりとりだそうです。そして、食卓には旬の食材と、自家製の醤油と味噌汁が並ぶ。「贅沢をしたいんじゃない。そのものズバリを食べたいんだ」。この基準が、大久保さんの生き方すべてを貫いているように思います。

その日は蔵を見せていただいた後、蕎麦をご馳走になり、それから大久保さんの「秘密基地」へ案内していただきました。多趣味な大久保さんは音楽とレコードも大好き。昭和初期の蓄音機で、島倉千代子さんのデビュー当時のレコードなどを聴かせていただいていたら、外はもう真っ暗。

「そういえば、今日は何しに来たんだっけか?」

改めて経緯をお伝えしたところ、「いいよ、100mlつくるよ」と。初回訪問で一番長く居座ってしまったのが、大久保さんのところでした。

2026.07.21

大久保醸造の5本セット(大久保醸造店・¥3,024)
一本ではなく、蔵ごと味わってみたい方に。同じ考え方から生まれた醤油が並ぶと、味の幅がそのまま作り手の輪郭になって見えてきます。
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