「運べない」が、醤油を守った。
「九州の甘い醤油、ありますか?」
店頭で、意外なほどよくいただく質問です。九州出身の方が関東の醤油がしっくりこない、とか、旅先で出会ったあの甘さにはまってしまって……などなど。
では、なぜ九州の醤油は甘いのか。たくさんの理由がありますが、その答えの一つが「物流」にあるような気がしています。
醤油の産地は、川がつくった?
自動車のない時代、液体である醤油を運ぶことはとても大変なことでした。大量の液体を抱えて山を越えるのはほぼ不可能。だから各地域に醤油屋や味噌屋、酒蔵が点在することになったのだと思います。
当時としては、ものを運ぶことが大きな課題だとすると、産地として大きく育つのは、大豆・小麦・塩という原材料を運びやすく、かつ消費地に届けやすい場所となります。
代表格が千葉県。船で原材料を運び込み、利根川や江戸川を使って巨大消費地の江戸まで運ぶ。淡口醤油で有名な兵庫県たつの市もそうですし、石川県金沢市も北前船の時代には寄港地として栄えた場所でした。
「運べない」が守ったもの
そして、時代が進んで自動車が普及すると、大産地でつくられた醤油がトラックで運ばれるようになる。時代は低価格競争。すると、大量生産された醤油が販売の戦いに勝っていく。逆に、大産地から物流が届きにくい地域には、今でも比較的小規模メーカーが残っている。
20年ほど前に「新幹線が通っていない地域は、甘い醤油が多いんだよ」と、ある蔵元さんに教えてもらって、なるほどと思った記憶があります。新幹線が各地に延びた今は事情が変わりましたが、物流網とその土地の醤油メーカー数は関係がありそうです。
甘い醤油といえば九州が代表格のように思われますが、実は、秋田県や山形県などの東北地方や、新潟県から福井県、富山県、石川県などの北陸地方なども甘い醤油が好まれています。かつて水運で栄えた北陸も、自動車の時代には関東の大産地から距離がありました。関東で大量生産された醤油を運ぶことが難しかった地域では、結果として地域の味が守られた。物流のあり方が醤油業界の地図を描いてきたと言っても、過言ではないのかもしれません。
ただ、九州の醤油がなぜ「甘く」なったのかは、物流だけでは説明しきれません。砂糖の道、気候、食文化——このあたりは、また別の機会に書こうと思います。
2026.07.04
