恨んでから継ぐ世代と、自然な流れで継ぐ世代
「なんで醤油屋に生まれてきたんだろう」
少し年上の先輩たちに「どうして家業に帰ってきたんですか?」と聞くと、こんな話から始まることが多いです。自分の家が醤油屋だったのを、すごく恨んだ——早く大学生になって、地元を抜け出したかった。けっこう定番のフォーマットでした。
ただ、その先があって。一度外に出て、改めて家業を見つめ直したときに「実はすごかった」と気づいて戻ってくる。最初はネガティブだったけど、そのあとに再発見がある。そういう道筋をよく聞いていました。
「嫌だった」が、出てこない
ところが、最近の20代、30代のつくり手に同じことを聞くと、返ってくる言葉が違います。「自然な流れで、戻ってきました」。さらっとしている。両親の働く背中を見ていたから、という人もいれば、家業に魅力を感じて、と言い切る人もいる。
一歩踏み込んで「実家が醤油屋で、嫌だなと思ったことはない?」と聞いてみても、「いや、それはありませんね」と返ってくる。同じ家業を継ぐという一点は同じなのに、入り口の感情がまるで違う。時代が変わったな、と実感します。
そりゃあ、強制労働がなかったからだ!
このことを上の世代に話すと、笑いながらこう言われました。当時は、小学校から帰ってくると、家の手伝いをするのが当たり前。そういう世代の言葉です。冗談めかしてはいましたが、妙に腑に落ちてしまいました。
昔は蔵と自宅が一緒で、日常の中に醤油づくりがどっぷりあった。親の働く姿も、蔵のスタッフの方たちも身近にいて、洗濯した服にまで醤油の香りが染みついていた。でも最近は、蔵と自宅が別というケースが多いので、手伝いに呼ばれる場面が、そもそも起きなかったのかもしれません。
近すぎると、憎らしい。少し離れると、素直に見える。これは家業に限らないのかもしれない…なんて。
2026.07.19

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