醤油は酒みたいに長く熟成させるとおいしくなるの?

「火入れ」の前後で解釈は異なる

「熟成」と聞くと、長ければ長いほど価値がありそうに感じます。ウィスキーやワインのように、何十年も熟成されたものが高く評価される世界もあります。では、醤油はどうかというと、必ずしも「長く熟成させればおいしくなる」ものではないと思っています。

醤油づくりには「火入れ」という加熱工程があります。これは品質を安定させるための重要な工程で、ここで乳酸菌や酵母菌などの微生物の働きは止まります。つまり、ビン詰めされた後の醤油には、「発酵」による変化は起こりません。時間の経過とともに起きるのは、基本的には「酸化」による変化です。

つくり手の中には「ビン詰め後、1か月ほどで味がなじむ」と言う方もいますが、それ以降は徐々に劣化の影響が大きくなります。特に開栓後は変化が早く、1か月もすると別物のように感じることもあります。

火入れ前の諸味の段階で起こる変化

一方で、火入れの前の段階である「諸味(もろみ)」の状態では話が変わります。諸味の中では乳酸菌や酵母が働き、数か月から1年、長いものでは2〜3年かけて発酵と熟成が進みます。ただし、ここでも「長ければよい」という単純な話ではありません。実際に30年近く残っていた諸味を味見したことがありますが、正直、おいしいとは言えませんでした。

発酵とは、微生物の力によって物質が分解されたり、別の物質に変化したりすることです。醤油の場合、大豆に含まれるタンパク質はアミノ酸に、小麦のでんぷんは糖に分解され、それらがうま味成分や香りの成分になります。ただし、発酵が進み、大豆や小麦といった原材料の成分が分解し尽くされてしまえば、発酵による変化の割合は次第に小さくなっていきます。

醤油の種類によっては、熟成させない方がよい場合も

醤油は種類によって、目指す味わいが異なります。白醤油や淡口醤油は、色や香りのフレッシュさを重視するため、短期間で仕込みます。一方、再仕込醤油や溜醤油のような濃厚なタイプは、時間をかけることで塩味がまろやかになり、奥行きのある香りが生まれます。

特に白醤油や淡口醤油は、熟成が長くなるほど色がどんどん濃くなり、本来の狙いとは逆の結果になってしまいます。熟成には「よい変化」と「劣化」が同時に起こります。ある時点を境に、劣化の方が上回る。その見極めこそが、蔵人の経験と勘の見せ所なのだと思います。

醤油の熟成は、長さではなく「ちょうどよさ」が大切なのだと感じています。