醤油の知識

鳥居醤油店(石川県七尾市)

石川県七尾市にある「一本杉通り」は昔ながらの街並みが残る商店街。鳥居醤油店がこの地で醤油づくりを始めたのは大正十五年。

一本杉通りにある醤油店。

 能登半島の中程に位置する石川県七尾市。ここに不思議な魅力に溢れている商店街があります。一本杉通り商店街に一歩入ると、ふと別世界に来た感覚に・・・

 和蝋燭屋さん、乾物屋さんなど五十店舗あまりの店が立ち並び、登録有形文化財に指定されている建物も五軒程。寄棟造(よせむねづくり)の建物が当時の面影を残しています。

三代目の鳥居正子さん。鳥居家では代々女性が店を継いでいて、醤油づくりも正子さんが手掛けます。

 その通りの中ほどに、鳥居醤油店はあります。地元石川県産の大豆と小麦を原料に、昔ながらの麹蓋(こうじぶた)で麹づくりをして木桶で熟成。石川県は甘みのある醤油を好む地域なので、蜂蜜も加えられています。

 「先代からの化学調味料嫌いでね。だから蜂蜜なの!」と話してくれるのは鳥居正子さん。

 「正しい子になりたい。(正子)」と添えられたお手紙をくださる正子さん。もうこれだけで、名物女将なんだろうなって想像いただけると思いますが・・・この正子さんの人柄があって、この鳥居醤油の味ができているんだなって感じずにはいられないのです。きっと、出会った人は、皆そう感じていただけるはずです!

手を通したい!

 「子供の頃、風邪をひくと母親がおでこに手をあててくれる。おなかが痛いとき、手のひらをあててもらうと痛みが引くように、人間の手には不思議な力があると思うの。」と正子さん。

 「当時は親に甘えたかった気持ちが大きかったと思うけど、あの感覚ってすごいと思う。だから、醤油づくりも極力手を通したいって考えているの。」・・・確かに、鳥居醤油店では、大豆を洗うのも手作業だし、ビンにラベルを貼るのも一枚一枚手作業。そして、もちろん麹づくりも・・・

 麹づくりは、麹蓋とよばれる木の器に入れられて室の中で四日間を過ごします。そのまま放っておくと大豆は納豆になってしまうため、常に付き添って手入れをしてあげる必要があります。醤油づくりの中でとっても重要なんですが、とっても大変な作業なんです。昼夜問わず面倒をみてあげる必要があるのです。

 ふと、これって子供の看病と同じかも・・・「手の力を信じたい。」と語る正子さんの話を聞いていると、醤油づくりも子育ても同じなんだなって気になってしまいます。

暖簾をくぐるとこんな素敵な空間が!棚に机に照明に、全てに歴史を感じられる道具がシンプルで味のある空間をつくっています。
醤油の原料である大豆が積まれています。もちろん地元の石川県産。
元々はお菓子屋さんだった建物。そのため他の醤油蔵に比べるとスペースに制約があり、仕込みも絞りも同じ空間で行われます。制約があるからこそ機能的になっているわけです。

子供たちが安心して食べられるものづくり。

 全国的にみて多くの醤油メーカーは原料の加工(仕込み)は自社で行わずに、協同の工場をつくって行っているところが大半になっています。鳥居醤油店も麹づくりを一時、近隣の醤油蔵と共同で行ったことがあるそうです。

 「例えば、原料の購入にしても、大丈夫だと分かっていても、やっぱり心配。証明書があっても、自分の目で直接確かめられるようにしたい!」という思いが強くなっていったそうです。

 そして、当時は大量生産シフトの時代であり、醤油は安ければいいと思われていた時代。製造コストを安くするために原料を変えて、製法を変えて・・・と突き進んでいくよりも、自分が安心して食べられる醤油づくり。「そうそう、一番は子供たちね。自分の子供に安心して食べさせてあげられる醤油づくりをするべきなんだって思ったの。」

 このようにして、仕込みも自分たちで手掛けようと元のスタイルに戻ることになるのです。

 原料も地元石川の農業法人と協力関係を作って近くから入手できるようにし、岐阜県産を使っていた小麦も今では石川県産に切り替えることができたそうです。「誰がこの原料を作っているかが分かるし、なにより原料が育っているところを確認しに行けるでしょ!直接見れるか見れないかって大きいものよ。」

その後ろ側には和釜が!大豆を煮る時と、醤油に火入れをするときに使います。薪になるのは建築廃材。実は、このように和釜を使っている蔵ってすごく少ないんです。
麹に塩水を加えると諸味(もろみ)になり、桶の中で熟成されます。二夏をここで過ごした後に搾られて醤油になるわけです。
これも昔ながらの「ふね」式の圧搾機。ジャッキが付いていて鉄の棒をまわすことで圧力がかかります。全身を使って棒を地面と平行にまわすとガチャガチャガチャと音がして搾られる。また、元の位置にもどしてガチャガチャガチャ。
「醤油造りをしながら、人との付き合いの輪が広がっていくのが楽しい!」と話す正子さん。「こうやってあなたと会えたのも醤油が縁だものね。」と微笑みながら、「七尾にたくさんの人が来てほしいし、一本杉にもっともっと来てほしい。」と話してくれました。

クラシック会場に姿を変える蔵。

 鳥居醤油店の蔵の中ではクラシックの生コンサートが開催されています。「蔵とクラシック?!」と驚くことなかれ。

 「昔は、仕事をしながらCDをかけていたのよ・・・ある時、牛にクラシックを聞かせると美味しい牛乳になるという話を聞いて、醤油の諸味も同じなんじゃないかな・・・」どうせ聞かせるなら生を聞かせようということで始めたら大好評。

 「だけど、私が一緒に聞きたいと思ったときに一緒に聞くのがいいの。醤油づくりもそうだけど。がんじがらめにしないことが大切だと思っているので・・・」

がんじがらめにしないこと。

 当然ですが、醤油づくりは、どの工程も手を抜くことができません。常に目配り手配りが必要なのですが、ある時、知人に言われた一言でこう考えるようになったそうです。

 夏と冬によって諸味の熟成速度が異なったり、その年の天候によっても勝手が違ってくるように、醤油は生き物。同じ生き物である人間と醤油が自然環境の中でつくり上げる醤油なんだから、マニュアル的に全てが予定通り決められているなんておかしい。

 やっぱり、醤油づくりと子育てって、よく似ているもんですね!

この蔵元への直接のお問い合わせ
鳥居醤油店
〒926-0806 石川県七尾市一本杉通り
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